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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2513号 判決

控訴人

東京都

右代表者東京都知事

鈴木俊一

右訟訴代理人

安田成豊

右指定代理人

西道隆

兼子慎介

和久井孝太郎

被控訴人

日本食品株式会社

右代表者代表取締役

福原秀夫

右訴訟代理人

植草宏一

吉田正夫

吉宗誠一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び立証の関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同一(但し、原判決二二丁裏六行目の「本件」の次に「原、当審」を加える。)であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一 独占禁止法にいう不当廉売とは、現在の価額を値上げしないことではなく、従来の価額を不当に下げて営業することにより他の競争業者との公正な競争を阻害することを意味するから、控訴人が、すでに設定していると場料につき値上げの変更申請をしないことは、右不当廉売に該当しない。

二と場料の値上げによる集荷量への影響を判断する上で重要なことは、肉畜の販売による生産者の利益がいくらになるかである。

そこで、生産者が肉畜を肥育することにより得ることのできる所得とと場料とを比較するならば、肉畜一頭を肥育することによる生産者の所得は、昭和五七年において牛の場合五万円に満たないのであり、当時における芝浦と場(以下「芝浦」という。)のと場料(三四八〇円)は、右生産者の所得の約七パーセントに該る。これを三河島ミートプラント(以下「三河島」という。)の認可額である八〇〇〇円に値上げした場合には、生産者の所得は約四万五〇〇〇円に減少してしまう(約一割減)のであり、これに対すると場料は一六パーセントにもなる。

生産者は、と畜場に生体肉畜を搬入するため、と畜後の枝肉又は部分肉を売却するまでに必要とする種々のコストを比較して、最も有利な方法により出荷するものであり、また、生産地における食肉センターの開設や部分肉が流通量の過半数を占めるといつた食肉流通過程及び形態の変化(後記三3及び五1参照)を合わせ考えると、仮に、芝浦がと場料を八〇〇〇円に値上げした場合には、出荷者がこれより低いと場料を徴収する他のと畜場に向けて生体肉畜を出荷するようになり、芝浦への入荷量が著しく減少することは明らかである。

三と畜場事業が全国的な競争関係にあることは、左記事実に照らし明らかである。

1 生産者は、どのと畜場を利用するかの自由を有し、現に、生産県以外の都道府県にも出荷している。

昭和五九年末における全国のと畜場は四三六場あり、北は北海道から南は沖縄県まですべての都道府県に設置されている。他方、牛豚等獣畜の出荷県(生産県)も全都道府県に亘つており、生産者がどのと畜場に出荷するかにつき制約は全くない。従つて、生産地又はその近隣のと畜場に出荷するか、あるいは、消費地のと畜場に生産出荷するかは、すべて生産者の自由な判断に委ねられている。

そして、昭和五七年の食肉流通統計によれば、どの出荷県においても、県内のと畜場で全数をと畜解体しているものは全くなく、他の多数の都道府県に亘つてかなり広範囲に生体出荷しているのが実態である。ちなみに、昭和五八年における芝浦への出荷県をみると、北は北海道から南は九州まで二八県に及んでいる。

2 東京都中央卸売市場食肉市場(以下「都食肉市場」という。)に上場される牛の枝肉のうち、芝浦以外のと畜場でと畜解体された枝肉の搬入が増加している。

都食肉市場に上場される枝肉には、芝浦でと畜解体された枝肉(生体入荷)と芝浦以外のと畜場でと畜解体された枝肉(搬入枝肉)とがある。このうち、牛についてみると、生体入荷数は、近年では年間七万二〇〇〇頭前後であり殆んど変動はないが、搬入枝肉数は昭和四二年に六〇〇〇頭足らずであつたものが昭和五八年には約九倍の五万三〇〇〇頭へと飛躍的に増加している。なお、三河島でと畜解体された枝肉は殆んど都食肉市場に上場されていない。

右事実は、芝浦以外の他のと畜場でのと畜数が増加していることを示すものであり、換言すれば、と畜事業は東京都二三区内だけで競争関係にあるものではなく、右二三区内の二つのと畜場(三河島と芝浦)が、ともに他の地域のと畜場との関係においても競争関係に立つていることが明らかである。

3  後記五1のとおり、近年食肉センターが産地に著しく進出しているが、その影響が先ず顕著に現れたのは豚についてである。

豚の場合、個体間の品質格差が余りないことから、枝肉の規格化、標準化が進み、各地の食肉市場で形成された建値を基準として産地で取引価格が比較的容易に決められるようになつたことと、冷蔵輸送技術が発達したことに伴ない、従来主流であつた生体での取引が大きく後退し、産地の食肉センターでと畜解体して部分肉を消費地に出荷するという傾向が大勢となつた。

次に、産地の食肉センターは、牛の分野にも進出している。牛の場合、個体間の品質格差が大きいなどのため、規格化、標準化が比較的困難とされていたが、近年大衆肉といわれる分野にも食肉センターが大きく進出しており、それに伴つて大衆牛肉の部分肉化が五〇パーセントを越えるに至つている。

そして、最近では、食品センターは和牛の中クラスにまで進出を遂げており、さらに、和牛の上、極上クラスにまで進出する傾向にある。

四 仮に、と畜場事業が全国的な競争関係に立つと認められないとしても、左記のとおり、右競争関係は、東京都二三区よりもかなり広範囲に及んでいる。

1 東京都内には、三河島、芝浦以外に、東京都立川食肉地方卸売市場、八王子市食肉処理場、東村山と畜場(昭和五八年八月二〇日廃業)、原町田と畜場(昭和五六年一二月二八日廃業)があり、また、東京都に極めて近接した地域に限つてみても、横浜市には横浜市中央卸売市場食肉市場があり、川口市には川口食肉地方卸売市場がある。

右立川、横浜、川口の各と畜場は、いずれも食肉市場併設型のと畜場であるが、そのと場料は、いずれも三河島の主張する実徴収額大動物五八〇〇円よりも低額である(なお、右横浜のと場料は、昭和五四年以降についてみると、一時期を除き芝浦のそれよりも低額である。)。

2 芝浦がと畜解体する牛の二三パーセントを出荷している全国農業協同組合連合会畜産販売部中央畜産センターでは、北は青森県から南は山梨県までの一六都県を対象に獣畜を集荷しており、年間の牛の生体取扱数五万六〇〇〇頭のうち芝浦に出荷するものは一万八〇〇〇頭に過ぎず、大半は、横浜、立川、大宮の各食肉卸売市場の併設と畜場、埼玉県和光市の和光畜産株式会社、茨城県土浦市及び下妻市の茨城協同食肉株式会社、同県結城市の筑西食肉衛生組合、神奈川県の厚木市、平塚市、相模原市の各と畜場に出荷している。ちなみに、これらのと畜場のと場料は、いずれも三河島の実徴収額であるという五八〇〇円よりも低額である。

3 生産者が芝浦でと畜解体することを希望したのにそれができない場合、右生産者は、三河島に出荷しないで前記筑西食肉衛生組合や千葉県幕張市のと畜場、埼玉県の白子と畜場、茨城畜産公社等東京都以外のと畜場を利用している。ちなみに、これらのと畜場のと場料も三河島の前記実徴収額より低額である。

五 三河島の業績が悪化したのは、芝浦のと場料が低廉であることによるものではない。

1 昭和三〇年代の初め頃までの肉畜の流通機構は、生産者から家畜商又は農協を経て消費地のと畜場でと畜解体された後、食肉問屋、加工メーカー、消費地の小売店などに流通するものであり、当時においては生体流通(消費地と畜)が主体であり、また、その全盛時代であつた。

しかし、その後、左記のとおり、食肉需要の拡大、生産構造等の変化、昭和三五年度以降の農林省の補助事業に係る食肉センターの進出等に伴つて、生体流通から枝肉、部分肉流通へと食肉流通経路が大幅に変化し、その影響を受けて三河島のと畜頭数が減少したものと思われる。

(一) 昭和三〇年代の終り頃から生体流通の割合が減少し、枝肉又は部分肉の形で流通する割合が著しく増加しており、それと呼応して、と畜解体も消費地より生産地の近くに立地し、かつ、部分肉までの一貫処理設備を併設すると畜場(食肉センターにこの種のものが多い。)でなされる傾向が年々強まつている。

このような変化を生じさせた要因としては、左記のことが考えられる。

(1) 生体輸送には、枝肉、部分肉輸送より不利な点がある。

(イ) 生体輸送が長距離の場合、輸送中の事故等により生体が死傷する危険があり、また、輸送中の震動等によるストレスのため肉質の低下、正味肉量の目減りを生ずる。

(ロ) 生体輸送の場合、枝肉、部分肉には必要のない内臓、頭、足、血液、骨、脂肪等を運搬するため、その分の輸送費が割高となる。また、生体輸送が使用する家畜運搬車は、汚染等のため帰路消費地から生産地への荷を確保するのが困難であり、これも生体輸送のコストを引き上げる一因をなしている。

(ハ) 枝肉、部分肉で輸送する場合は、低温処理した上で輸送するという問題があるが、昭和四〇年代以降低温輸送技術の向上により、肉の品質を低下させずに長距離輸送することが可能となり、また、冷凍機付保冷車の運賃も相対的に低下して来た。

(ニ) ちなみに、正肉換算で同じ量の食肉を輸送する場合における輸送形態別の輸送費を比較すると、昭和四六年当時では右輸送費に殆ど差異がなかつたが、昭和五六年当時では生体輸送の輸送費は枝肉輸送のそれの約一・五倍、部分肉輸送のそれの二倍以上となり、生体輸送費が著しく割高となつている。

(2) 農林省は、昭和三五年以降肉畜生産地における食肉処理施設の整備を促進する政策を採つており、畜産業者の経営の安定と地場産業の育成を図る生産地の各地方公共団体の政策と相まつて、補助金等の助成を受け全国各地の生産地に食肉センター(枝肉、部分肉の処理、加工の流通を営むものであり、と畜場が併設される場合、そのと畜場は、処理能力が原則として小動物換算で八〇〇頭以上の大規模なものでなければならない。)が建設整備されており、その延べ数は、昭和五六年当時において一〇〇箇所以上(と畜場を有しないものも含む。)に達している。これら食肉センターは、と殺解体設備のみならず、部分肉に加工して冷凍処理する段階までの一貫処理設備をも有するものが多い。

(二) このような食肉流通形態の変化等により、わが国の総と畜数に対すると畜場の形態別処理頭数の割合(シェア)は、近年大きく変化している。

たとえば、昭和五一年から同五七年までの右シェアの変遷をみると、食肉市場併設型と畜場のうち中央卸売市場食肉市場及び指定市場に併設されたと畜場(芝浦はこれに該る。)の占める割合は、牛につき三六ないし四〇パーセント、豚につき一八ないし二〇パーセント程度で終始しているが、食肉センター型と畜場のシェアは牛で一六パーセントから二八パーセントへ、豚で二八パーセントから三七パーセントへと著しく増加し、そのあおりを受ける形で、単独と畜場型(三河島はこれに該る。)のシェアが牛で四七パーセントから三五パーセントへ、豚で五二パーセントから四四パーセントへと大きく後退している。

2 仮に、三河島が認可額を下回る五八〇〇円のと場料しか徴収できなかつたとしても、それは、芝浦のと場料が低額なためではなく、左記の理由によるものである。

(一) 以上のとおり、食肉流通機構が大幅に変革し、と畜場事業が全国的な競争関係に立つに至つたにも拘らず、三河島は、時流に対応した施策を何ら講ずることなく、旧来の営業形態(単独と畜場型)を固持しているばかりか、集荷努力を全く行わなかつたため、全国的な競争に立ち遅れたのである。

(二) 全国的な競争関係に立つ全国と畜場四三六場における大動物(牛)一頭当り昭和五九年のと場料(使用料と解体料との合計額)の認可額の平均は四六三七円となるが、これは、三河島の認可額はもとより実徴収額であるという五八〇〇円よりも大幅に下回つている。なお、芝浦に牛一頭を出荷した場合、と場料以外に生体清浄料六〇〇円ないし一四〇〇円、荷卸料四〇〇円、けい(繋)宿料一泊三〇〇円などがかかるが、これら諸費用を加えると、芝浦に出荷した場合に要する費用は他のと畜場(右諸費用を徴収している所は殆どない。)の場合と比べて決して安い訳ではない。

このような状況の中で、生産者がコストのかかる生体輸送をし、しかも、他のと畜場と比較して特段有利な点のない三河島に対しあえて八〇〇〇円のと場料を支払つてまで出荷するとは到底考えられない。

3 三河島は、次のとおり、と畜場としての立地条件等の面で欠陥がある。

(一) 生産団体等が生体出荷する場合、輸送コストを安くするため、一〇トン車又は一五トン車等の超大型自動車で大量輸送しているのが実態であるが、三河島のと畜場が面している道路は曲りくねつている上幅員が六メートルしかなく、時速二〇キロメートルの速度制限があり、しかも、入口は如露型になつておらず、大型車が入るには無理な立地条件にある。

(二) 牛の場合、と畜解体前二四時間の安静時間を置くと肉質が良くなるので、芝浦は、すべての牛を一晩けい宿させている。しかし、三河島では、多数の牛をけい宿させるスペースが不足しており、しかも、近隣にアパートがあつて生体のけい宿に伴う臭気、鳴き声等の迷惑を与えるような環境にあるのであり、事実、三河島では牛のけい宿を殆ど行つていない。

(三) 三河島では、二、三名の作業員しかおらず、そのため、出荷者が生体の荷卸しはもとよりと畜解体作業を手伝わざるを得ないという実情にある。他方、芝浦に出荷した場合には、東京食肉市場株式会社(以下「市場会社」という。)に生体を持ち込めば、それ以降はすべて市場会社が全作業を行うこととなつており、出荷者は何らの労務も提供する必要がない。

4 芝浦がと畜解体する獣畜は、すべて、都食肉市場の卸売業者である市場会社が、生産者又は出荷者から販売を受託したものである。そして、芝浦でと畜解体された枝肉は、全量が都食肉市場に上場され、競り売りにかけられるのであり、生産者は、枝肉を都食肉市場に上場することを目的として(このような流通形態を「市場流通」という。)、市場会社を通じ芝浦に生体を出荷している。

他方、三河島でと畜解体した枝肉は、食肉市場に上場されるものが殆どなく、市場外流通に乗せられている。即ち、三河島に出荷する生産者は、市場外流通を目的として出荷するのである。

このように、芝浦を利用する生産者と、三河島を利用する生産者とは、その出荷目的において全く異るのであるから、芝浦の営業が三河島の事業活動を困難にする原因となることはない。

5  三河島、芝浦の各利用者を比較すると、前者は固定化しているが、後者は、その数も多く時代の推移とともに変化している。

即ち、三河島の利用者をみると、生産者に対し全く宣伝をしていないこととも相まつて、現在出入している業者は昔なじみの固定客だけであり、しかも、その業者は他のと畜場を全く利用していない。このように、三河島の利用者は固定化しており、いわば閉ざされたと畜場と呼べよう。

他方、芝浦の利用者は、豚につき約二五〇軒あり、飼料メーカーの商人系、生産者の個人系、農協系等と多岐に亘つており、また、昭和五五年に農協系からの出荷頭数が三・四パーセント、家畜商からのそれが一五パーセントあつたものが、現在では、飼料メーカーの商人系が八〇パーセント、生産者の個人系が一九パーセント、農協系が一パーセントで、家畜商は殆どなくなつている。牛については約一五〇軒あり、全農、全開拓連、全畜連、全酪農、家畜商など多岐にわたり、また、昭和四〇年代には、家畜商からの出荷頭数が七〇パーセント、全農など生産者からのそれが三〇パーセントあつたものが、最近ではその比率が逆転している。このように、芝浦の利用者は多数あり、しかも、獣畜の生産構造の変化、食肉流通機構の変革に即応して変容しており、芝浦は、いわば開かれたと畜場と呼べよう。

以上のとおり、三河島の利用者は固定化しており、しかも、被控訴人において宣伝活動を全くしていないのであるから、三河島の利用者と芝浦の利用者とは重なり合うことがなく、この点からしても、芝浦の営業が三河島の事業活動を困難にさせていないことが明らかである。

6 芝浦がと畜処理能力等の関係で生産者の希望する頭数をと畜解体できなかつた場合、また、芝浦がストライキのため長期間使用できなかつた場合、これら生産者は、前記諸事情により、三河島には出荷していないのが実情である。

そうすると、仮に、芝浦がと場料八〇〇〇円で営業し、又は芝浦が営業を廃止したとしても、芝浦に来ていた獣畜は、他のと畜場に流れることはあつても、決して三河島に流れることはないのである。この点からしても、芝浦の営業が三河島の事業活動を困難にさせていないことが判る。

六  被控訴人は、三河島の実徴収額が昭和五四年四月一日以降大動物一頭当り五八〇〇円であり、認可額が八〇〇〇円であるからその差額が損害となる旨主張するけれども、右実徴収額が被控訴人の経営上やむを得ず決定された額であることが明らかにされない以上、前記差額が当然に損害とはなり得ない。

また、被控訴人は、芝浦が昭和五四年四月一日以降少くとも右認可額と同額である八〇〇〇円のと場料で営業していれば、三河島が現実のと畜数を下回らない頭数につき認可額どおりのと場料を徴収し得た旨主張する。しかし、前記三、四のとおり、三河島も芝浦も全国的ないし広範囲に他のと畜業者と競争関係にあり、また、生産地におけると殺解体が逐年増加している状況においては、他のと畜場に比しはるかに高い八〇〇〇円の使用料を徴収した場合、三河島も芝浦もその入荷量が大幅に減少することは明らかであり、従来どおりの実績をあげることは到底不可能である。

(被控訴人の主張)

一 控訴人の主張二は争う。例えば、生産者が従来牛一頭六〇万円で出荷しており、と場料が二万円に増額されたとすれば、これを六二万円で出荷すれば生産者の所得が減少しないで済むのである。

また、控訴人がと場料を引き上げた場合の影響を考えると、

1 控訴人は、昭和五一年、同五四年、同五七年にと場料の値上げを行つているが、その結果芝浦のと畜数に全く変動はなく、全国と畜場の処理能力に対すると畜実績平均は牛の場合四九パーセントであるにも拘らず芝浦のそれは約九〇パーセントの高率を維持していること

2 後記二2のとおり高級牛肉は消費地と畜場でのと畜解体が不可欠であるから、その集荷は間違いなく確保されること

3 仮に、生産者が一時的に出荷を控えても、原価割れ営業が違法であることを理解すれば、原価に基づいた正当なと場料のもとで新たなしかも公正な生産、流通秩序が確立すること

4 この間競争関係に立つ他のと畜場が原価割れした低廉なと場料金を施行すれば、これらのと畜場がダンピング行為者として糾弾され、結局、原価に基づいた営業を行わざるを得ないこと

5  他方、これまで芝浦の原価割れ営業に寄りかかり不法に高額の利益をあげていた市場会社等関連業者の手数料軽減の体質改善も期待されること

等の事情からすれば、短期的に何らかの問題が発生するとしても、長期的には影響はなく、むしろ公正な競争秩序、経済秩序が生み出せるのである。

二1  控訴人の主張三は争う。

2 三河島、芝浦が取り扱う生体の中心はいずれも上質の和牛であるが、牛肉は肉質の個体差が大きく、特に和牛は、部分肉形態での規格化、画一的製品化になじまない上、高級肉については消費者側が鮮度を要求するため、運送、と殺解体等のコスト差にも拘らず、上質和牛は消費地のと畜場でと殺解体する必要性がある。従つて、高級牛肉については、首都圏で消費されるものについては、当然に首都圏のと畜場でと殺解体せざるを得ないことになり、競争関係は、首都圏と畜場の相互間に成立するだけで、生産地のと畜場とは勿論、他の消費地のと畜場と競争関係に立たないことは明らかである。

大衆牛肉及び豚肉については、その品質の選別が大ざつぱであり、むしろ処理方法コストの合理化が要求されるものであるから、生産者は、運送における余分な手間や費用をかけて生体を遠隔の消費地と畜場に運び込む必要は全くなく、近隣のと畜場で解体加工した枝肉、部分肉を消費地市場に持ち込めば良いことになる。従つて、大衆牛肉、豚肉の競争関係は、基本的には、生産地と近隣消費地と畜場との間で成立する。

3 仮に、と畜事業が全国的な競争関係にあるとしても、控訴人が大幅な原価割れ営業を行なつていることは、他に原価割れ営業を行なう業者が存在しても、被控訴人を含めた民営業者が公正かつ自由な競争を行なうことを集団的に妨げていることになるから、独禁法違反に該ることは明白である。

一般に、廉売が不当、違法なものであるか否かは、当該行為が原価を割つているか否かに加え、当該廉売の意図、規模、状況等から競争秩序に与える影響も勘案して決定されるものであるが、控訴人の本件行為は、と畜場法が公営民営平等主義を採り、原価計算に基づいたと場料徴収を義務づけ、民営と畜場が公営と併存して経営し得るよう保障している事実からすれば、同法が目的とする公正な企業経営の秩序に反するものであり、現実に民営業者の営業が不可能であるから、控訴人の主観的意図の如何及び競争関係が全国的であるか否かに拘らず、競争関係に立つ民営業者を市場から駆逐、排除する廉売に外ならない。

三 控訴人の主張四のうち、1の事実を認めるが、その他は争う。横浜、川口等のと畜場が原価割れ営業を行なえば、控訴人との共同不法行為が成立するとも言えるが、被控訴人は、控訴人の違法性、有責性の大きさを特に考え、控訴人のみを被告として本訴に及んだのである。

四1 控訴人の主張五1のうち(一)冒頭の事実、(一)(1)のうち(イ)を除く事実、(一)(2)の事実は認める。(一)(1)(ロ)、(二)の事実については、内臓、頭、足、脂肪等も消費地における需要が大きいから、生体で輸送しない場合は枝肉と別個にこれらを輸送する必要があり、この輸送費を加えると生体輸送費とどれ程差が出るかは疑問であることを付言する。同(二)の事実は認めるが、単独と畜場型のシエアが後退したのは、生産地の単独と畜場が食肉センター方式を採り出したからである。控訴人の主張五のその他の事実は争う。

2 甲第一二号証の二(芝浦のと畜実績)と甲第三七号証(三河島のと畜実績)の各数字を合算し年次別に比較すれば明らかなように、消費地のと畜場の処理頭数は減少傾向にはない。その理由は、(一)消費地では新鮮な内臓等に対する需要が多く、その運送コストを考えれば、生産地から枝肉、内臓等を分離して輸送した場合と生体を輸送した場合とのコストに大差はなく、(二)低温輸送技術が向上した現在でも、解体後冷凍輸送された肉が、消費地でと畜解体された肉と比較して品質が低下することは避けられず、高級肉は消費地のと畜場でと畜解体せざるを得ないからである。

このように、消費地のと畜場は、生産地の食肉センターとは別の存在価値を持ち、そのため、全体としての処理頭数は減少することなく今日に至つているのであるから、と場料が増額されても経営は十分可能なものである。それにも拘らず、消費地に出荷された生体が三河島に搬入されず芝浦に集中するのは、芝浦が、多額の補助金を受けて著しい原価割れ営業をしているからに外ならない。

五 控訴人の主張六は争う。芝浦のと場料にけい宿料、清浄料等の付帯費用を含めるとと畜解体にかかる費用は牛一頭当り五六五〇円となり(生産者が荷受業者である市場会社に支払う手数料を除く。三河島でも生産者と出入りの荷受業者との関係は、芝浦と同様に別個である。)、三河島でも、これにほぼ見合う額しか徴収し得ないのは当然である。

理由

一請求原因1(当事者の地位)についての認定は、原判決二三丁表三行目の冒頭以下同裏六行目末尾までの理由説示と同一(但し、同丁表六行目の「本人尋問の結果」の次に「(原・当審)」を加える。)であるから、これを引用する。

二請求原因2(一)の事実、同(二)のうち三河島のと場料実徴収額を除く(1)の事実及び(2)の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、被控訴人代表者の原・当審供述及び弁論の全趣旨によれば、右実徴収額は被控訴人主張の各金額である(但し、昭和五八年七、八月ころ以降は、と場料の五八〇〇円のほか、清浄料、けい宿料、荷卸料などとして三八〇円を徴収している。)ことが認められ、他にこれを覆えすに足る証拠はない。

三被控訴人は、請求原因3(一)において、控訴人が芝浦屠場のと場料について原価に基づいた額の認可申請を怠つたことはと畜場法一条及び施行通達の趣旨に違反すると主張する。右の主張は、控訴人において、芝浦の認可と場料が原価又は適正な料金を下回り、これを増額変更すべきであつたのに長年そのまま放置し原価又は適正な料金に是正しなかつた点に違法があり、被控訴人に対する関係で不法行為となるとの趣旨と解されるので、と畜場法等の趣旨から右の義務が認められるか否かについて検討する。

1と畜場法はと畜場の経営及び食用に供するために行う獣畜の処理の適正を図り、もつて公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とし(同法一条)、右目的実現のため各種の権限と義務を規定しているが、と場料についていえば、と畜業者らはと場料の設定及び変更につき知事の認可を受けなければならず、右認可額をこえると場料を徴収してはならないと規定しているものの(同法八条一項、二項)、と場料の下限を規制する規定あるいは認可額変更の時期等に関する規定は存しない。そして、当事者間に争いのない施行通達は、知事に対し、と場料については適正な料金を決定されたいというものであつて、と場料の認可決定基準を明らかにしているにすぎない。

してみると、と場料の増額変更申請をするかどうかは自由競争社会の原理にゆだねられているものと解すべきであつて、と畜業者らとしては、と畜場法上いついかなる場合に増額変更申請をするかは自由かつ任意であり、仮に認可額が著しく不相当となつたからといつて、料金の増額変更申請を強制され義務づけられるものではないと解すべきである(但し、その結果、独占禁止法違反になりうる場合があるが、それは別論である。)。この理は、と畜業者らが地方公共団体であつても同様である。

2 被控訴人は、控訴人の認可・徴収にかかると場料が大幅に原価を割つたものであつたため、多額の補助金を支出することによつて莫大な赤字を補填してきたことを主張しており(なお、この点は前記のとおり争いがない。)、右主張を善解すれば、このような場合には右の議論は妥当しないと反論する趣旨と解される。なるほど、控訴人のように地方公共団体が行うと畜事業において、と場料が原価を下回われば、右赤字分は住民からの税金等により補填せざるを得ないという事態が生じることになるから、この面からいえば、と場料はできる限り原価に見合う方が望ましいといえよう。しかしながら、赤字分補填のために多額の補助金を受けていることが不当であるとしても、それは行政上、、政治上の責任問題となり得るにすぎず、そのことから、と畜場法上、地方公共団体が料金の増額変更申請をすべき義務を負うものとは認められず、況して、同業者である被控訴人に対する関係で右の義務を認めることはできないというべきである。

3 そうすると、と畜場法上、控訴人は、被控訴人に対する関係で、原価に見合つた額によると場料の増額変更申請をすべき法律上の義務を負うものではなく、したがつて、被控訴人主張のように芝浦のと場料の増額変更申請をしなかつたとしても、と畜場法の関係で、違法とはならないといわざるを得ない。

被控訴人の請求原因3(一)の主張は採用することができない。

四被控訴人は、請求原因3(二)において、独占禁止法二条九項二号、一般指定6、旧指定五にいう不当廉売に該当すると主張し、控訴人はこれを争い、本件ではそもそも独占禁止法の適用はないし、仮に適用があるとしても不当廉売に当たることはないなどと反論するので、順次検討する。

1  控訴人の原審における主張1(二)(1)について

控訴人は、芝浦屠場でと畜場事業を行うものとして、独占禁止法上の事業者であることを自認しながら、芝浦は、地方公共団体である控訴人がその行政施策の一環として、食肉の確保及び安定供給という公益目的のために営業しているもので、私企業が利潤追求の目的から行うと畜場の営業とは本質的に異なる旨主張し、「したがつて、公益を目的とする芝浦の営業により被控訴人が被害を受けたとしても、独占禁止法の適用はなく、不法行為となることもない。」と主張するが、控訴人の行うと畜事業が公益を目的とするからといつて、独占禁止法の適用除外規定のない本件で、当然に同法の適用を免れ、不法行為になることはないと解することはできない。

控訴人の右主張は採用の限りでない。

2  控訴人の当審における主張一について

独占禁止法にいう不当廉売には、従来の価額を下げるという作為のみならず、積極的に現在の価額を値上げしないという不作為によつて他の競争業者との公正な競争を阻害する場合をも含むものと解するのが相当である。けだし、公正競争阻害性という観点からは、右の不作為も作為も同一評価を受けるべきであり、両者を区別すべき合理的理由がないからである。

控訴人の右主張は採用できない。

3  控訴人の原審における主張1(二)(3)について

都道府県知事によると場料の認可が行政処分であり、権限ある行政官庁によつて取消されない限り適法の推定を受け、認可を受けたものは、これに拘束され、認可額をこえると場料を徴収することができないし、芝浦においては、東京都立芝浦屠場条例、同条例施行規則により認可どおりのと場料を徴収すべきことが定められており、民営と畜場のごとく認可額を下回る額を徴収することもできないから、控訴人が芝浦の営業をするについて認可額どおりのと場料を徴収することを法的に義務づけられていることは控訴人主張のとおりである。

しかしながら、被控訴人は、本件において、芝浦が低廉なと場料の増額認可申請をすれば認可される可能性があるのにそれをすることなく、長年原価割れ営業を継続していることをもつて違法であると主張しているのであり、しかも、控訴人の申請により適正な料金であれば認可額の増額が法的に可能である(ちなみに、別表のとおり大動物一頭につき、公営と場で七五〇〇円、民営と場で九一〇〇円のと場料が認可されている事例があり、現に控訴人においても数回認可額の変更申請をしてと場料を増額している。)から、控訴人の右主張は適切な反論たりえず、失当というほかはない。

4  控訴人の原審における主張1(二)(4)について

芝浦のと場料が国の機関たる都知事の認可によつて決定されるものであり、控訴人がその増額申請をしても申請額が認可されるか否かは不明であることは、控訴人主張のとおりである。しかし、このことは民営と畜場のと場料についても同じであり、控訴人としては、予めと場料の適正な変更額を定めて認可申請をすれば、認可額の変更も可能となるのであるから、その限りで、控訴人にと場料設定の自由がないといえるものではない。

もつとも、民営と畜場と異なり、芝浦のと場料の増額認可申請をする場合には、東京都卸売市場審議会に諮問し、その答申を得たうえで、東京都議会の議決を経なければならないとされているが(東京都卸売市場審議会条例、東京都芝浦屠場条例)、右の手続を要することをもつて直ちに「控訴人の意思で芝浦のと場料を自由に設定し得ないから、芝浦の営業が独占禁止法上の不当廉売にあたることはない。」と解するのは相当でないというべきである。

控訴人の右主張は採用できない。

5  控訴人の原審における主張1(二)(5)について

と畜場事業は料金認可制が採られているので、その限りでは価格競争が制限を受ける。しかし、と場料の認可額は、個々のと畜場ごとに異なるばかりでなく、と畜場事業者の自主的判断に基づいて変更される可能性があり、更に、認可額を超えない範囲(民間と畜場の場合)でと場料につき価格競争は存するのであるから、一定限度において競争原理の機能する余地があるというべきである。そして、不当廉売との法的非難を免れる方途が残されているから、控訴人の右主張は採用することができない。

6  控訴人の原審における主張1(二)(2)、(6)及び当審主張三について

独占禁止法二条九項二号は、不当な対価をもつて取引する行為であつて、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するものを不公正な取引方法と定め、これを受けた旧指定五は「不当に低い対価をもつて、物資、資金その他の経済上の利益を供給すること」を不当廉売と規定し、更に、一般指定6では不当廉売につき「正当な理由がないのに、商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること」と規定して公正競争阻害性の判断基準を明らかにしている。したがつて、芝浦が昭和四〇年度以降継続して大幅に原価を割つたと場料を徴収して営業していることは当事者間に争いがないが、独占禁止法は、不公正な取引方法を規定するに当り、右のように、商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給する廉売行為については、「不当に」(旧指定)或いは「正当な理由がないのに」(一般指定)と限定しているのであり、右の「不当に」、或いは「正当な理由がないのに」とは、専ら公正な競争秩序維持の見地から見た観念であるから、本件廉売行為の意図、態様、周囲の状況等を総合し、公正競争阻害性の有無によつて決せられるべきであり、以下、この見地から判断する。

(一) (競争関係の程度――時期的な特定、取引分野の特定、地理的範囲の特定、競争関係者のと場料との比較等)

被控訴人は、請求原因7(一)において、昭和五四年四月一日から同五八年一二月二日までの間の大動物(牛、馬)についての得べかりし利益の喪失を損害として賠償請求しているのであるから、主として、時期については右の期間(以下、係争年間という。)、また、取引分野については大動物に関して検討することとし、その前提で、三河島及び芝浦が他のと畜場業者とどの範囲(規模、地域)においてどのような競争関係に立つかにつき検討する。

控訴人が被控訴人と競争関係にあること及び東京都二三区内には、芝浦と三河島の二つのと畜場しか存在しないことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すれば、控訴人の当審における主張三2の事実及び次の事実が認められ、被控訴人代表者の右供述中、同認定に反する部分は前掲各証拠と対比して採用し難く、他にこの認定を左右するに足る証拠は存しない。

(1) 一般に、生産者がどのと畜場に出荷するについての制約は全くなく、昭和五七年の食肉流通統計によれば、どの出荷県においても、県内のと畜場で全数をと畜解体している例は皆無であり、他の都道府県に亘りかなり広範囲に生体出荷している。

(2) そして、近年における食肉需要の増加、生産構造の変化等により、昭和三〇年代の終りごろから生体流通の割合が減少し、枝肉又は部分肉流通の割合が増加しており、それに伴い、古くから存在していた消費地型と畜場のシェア、と畜頭数はいずれも減少し、生産地に近い食肉センター型と畜場(部分肉までの一貫処理設備を併設する)のそれが著しく増加する傾向(以上の傾向は昭和五〇年代に入つて特に顕著である。)にあり、前者の型に属する三河島も芝浦もその例に洩れず、そのと畜頭数の推移は別表一のとおりであるが、食肉市場に併設されている芝浦は、単独と畜場型である三河島に比し、衰退の傾向がそれ程顕著ではない。三河島では、右別表一のとおり、大動物のと畜頭数は、昭和三〇年から四〇年までの間は、年により出入りはあるものの年間一万頭以上であつたが、昭和四一年に八八六四頭と一万頭を割つて急落し、昭和五一年に五〇〇〇頭を割るに至り、以後五〇〇〇頭台から四〇〇〇頭台へと落ちている(請求原因7(一)の昭和五四年度以降のと畜頭数は当事者間に争いがない。)。この間のと畜頭数推移の関係は、前記の芝浦及び三河島のと場料の格差によつては説明し切れないものが見られ、前記の単独と畜場型・消費地型と畜場の衰退傾向を物語るといえる。

(3) 係争年間における三河島への主な出荷県をみると、大動物につき、岩手、秋田、宮城、山形、福島、栃木、群馬、茨城、千葉等である(なお、小動物は主として関東地方となつている。)。他方、同年間における芝浦への主な出荷県は、大動物につき、岩手、宮城、福島、栃木、茨城を初めとして全国的規模である(なお、小動物につき、岩手、秋田、山形、福島、新潟、栃木、群馬、茨城、千葉、埼玉等となつている。)。

したがつて、これら出荷県にももとよりと畜場が存するのであるから、係争年間における三河島、芝浦の両と畜場の競争区域として重なり合う県は、大動物で岩手、宮城、秋田、山形、福島、茨城、栃木、群馬、千葉であり、また、東京(但し、島嶼を除く)、埼玉、神奈川は近接地域として競争関係に立つと考えられる(当事者間に争いのない控訴人の当審における主張四1参照)。

(4) 右競争区域内におけると畜場の規模は大小様々であるが、三河島の処理能力は大動物につき一日一〇〇頭、実処理頭数が大動物につき一日一四頭であることを勘案すると、大動物の処理能力が一日一〇頭以上の規模又は実処理頭数が大動物で一日一〇頭以上の規模の各と畜場との間に競争関係を認めるべきであつて、専ら小動物のと畜を取扱うなどのと畜場との競争関係は大動物に関する限りこれを否定すべきものと解する。

被控訴人は、三河島、芝浦の取扱う主体の中心がともに上質の和牛であり、高級牛肉の競争関係は首都圏と畜場の相互間にのみ成立する旨主張し、被控訴人代表者はこれに副う供述をするけれども、〈証拠〉によれば、三河島がと畜解体する牛は大衆牛肉と呼ばれる乳牛が主体であることが認められるので、右主張及び供述部分はこの点において採用できない。

そうすると、被控訴人は、別表二(昭和六〇年五月調査)のとおり、係争年間に開設されたものを含め五九のと畜場(芝浦を含めると六〇と畜場)との間で競争関係に立つということができる(なお、別表二の番号6のと畜場は大動物の処理能力が証拠上不明であるが、実処理頭数が大動物につき一日一二頭であるからこれを加え、その余のと畜場は処理能力が大動物につき一日一〇頭以上の規模のものであり、また、野田ミートセンター事業協同組合は大動物につき一日一〇頭の処理能力を有しているが、同組合は昭和五九年一一月に開設されたと畜場であるからこれを除外し、本件係争年間に廃業した東村山と畜場と原町田と畜場も除外した。)。なお、控訴人としては、その出荷県からして、右と併わせて更に広い地域のと畜場と競争関係にあるといえる。

(5) ところで、別表二の五九のと畜場のと場料は、同表から明らかなように、と畜場によつて高低があつて、その差はかなり著しい。また、同表記載のとおり認可年月日が区々であるため、係争年間のと場料を厳密に確定することが困難である。例えば、別表二の番号19のと畜場のと場料は大動物一頭につき八〇〇〇円と高額であるが、その認可年月日は昭和五九年七月二六日であるから、係争年間はこれより低い認可額であつたことは明らかであるが、その金額を確定するに足る資料はない。もつとも、前掲乙第四号証の二によると、別表二の番号5のと畜場のと場料は四五〇〇円に増額される前(昭和五六年一〇月当時)は四二〇〇円であつたことが、前掲乙第八、第九号証によると、別表二の番号36のと畜場のと殺解体料は二三〇〇円に増額される前は一二〇〇円(昭和五〇年当時)、一九〇〇円(昭和五六年五月以降)であつたことが、また、前掲乙第九、第二一号証によると、別表二の番号54のと畜場のと殺解体料は三三〇〇円に増額される前は一九〇〇円(昭和五四年当時)、二五〇〇円(昭和五六年一〇月以降)であつたことが、いずれも推認されるが、その余の別表二記載のと畜場については係争年間のと場料を逐一洩れなく確定するに足る資料がない。

(6) そこで、別表二記載のと畜場のと場料の認可年月日が昭和五七年四月一日以降であるものが相当数あることに鑑み、係争年間のうち後半(昭和五七年四月一日から同五八年一二月二日まで)の芝浦のと場料認可額(大動物一頭につき三四八〇円)、三河島の実徴収額(同五八〇〇円)と比較すると、三河島の実徴収額よりも低い認可額のと畜場数は、芝浦を除くと別表二のとおり四七(埼玉八、茨城七、神奈川六、山形、栃木各五、福島、群馬各四、岩手三、千葉二、秋田、宮城、東京各一)であり、そのうち民営は半分弱の二一(埼玉六、茨城、神奈川各四、福島二、秋田、山形、栃木、群馬、千葉各一)である(なお、民営の場合、実徴収額が認可額を下回つていることもありうるが、一応不問とする。)。右四七と畜場の平均認可額は牛一頭につき四一二五円(円未満四捨五入。以下同じ)、別表二のうち、公営と畜場二九の平均認可額は牛一頭につき四一六九円、民営と畜場三〇の平均認可額は牛一頭につき五二六五円、全部(五九)のと畜場の平均認可額は牛一頭につき四七二六円となり、いずれも三河島の前記実徴収額五八〇〇円より低額となつている。なお、前記五九のと畜場のと場料の認可額のうち芝浦のそれよりも低いと畜場は牛につき一一(群馬三、茨城、栃木各二、神奈川、福島、岩手、山形各一)もある。

(7) 係争年間のうち前半(昭和五四年四月一日から同五七年三月三一日まで)における右五九のと畜場のと場料との比較検討は、必ずしも証拠上明確でない部分もあるが、上記の各金額は、いずれも、より低額となり、各割合を示す数字は大差がないものと推認できる。

(8) ところで、芝浦に生体を出荷する生産者又は出荷者は、昭和四一年以降すべて都食肉市場の卸売業者である市場会社にと畜解体して販売することを委託することになつている。そして、市場会社では、昭和五七年四月以降牛一頭につき、同会社の委託手数料(卸売金額の三・五パーセント)及び芝浦のと場料、検査料以外に、荷卸料四〇〇円、格付料二七〇円、冷蔵料一日一七〇円、けい宿料一泊三〇〇円、生体清浄料六〇〇円ないし一四〇〇円などを生産者から徴収しており(弁論の全趣旨により昭和五七年四月以前もこれらを徴収していたと推認できるが、その額は証拠上不明である。)、これら諸費用とと場料との合計は平均五六五〇円となるが、右のような諸費用を徴収している他のと畜場は殆んどない。

(9) 右のように、芝浦では市場内流通でと場料及び委託手数料等は生産者負担であるのに対し、三河島では市場外流通であるため、委託手数料等は不要であり(但し、昭和五八年七、八月頃から清浄料等三八〇円を徴収するに至つたことは前記のとおりである。)、その分生産者の負担は軽い。

以上(1)ないし(9)の各事実によれば、三河島と芝浦とは、係争年間において大動物につき単に東京都二三区内に止まらず、少くとも北は岩手県から南は神奈川県まで一都一一県に及ぶ広い地域内における五九のと畜業者とそれぞれ競争関係に立つているが、これらのと畜場のと場料はかなり著しい幅をもつた高低差があるところ、うち四七のと畜場が三河島の実徴収額よりも低い認可額で営業していたこととなる。したがつて、三河島は、消費地型・単独と畜場型として衰退を続ける全国的傾向の中で、首都及び関東・東北地方において右のようなと場料の状況下で競争関係に立たされているというべきである。

(二)  (廉売の意図・目的等)

そこで、控訴人が廉売行為の理由として主張する具体的な公益目的、すなわち、芝浦への集荷量を確保することにより、都民に対して食肉を大量に、かつ安定した小売価格で供給するという政策目的について検討する。

まず、これに先立ち、被控訴人の本訴請求が成立するために要する控訴人の値上げの幅につき確定するに、被控訴人の損害に関する主張によれば、同人主張の損害額は大動物についての被控訴人の認可額(一頭につき八〇〇〇円)と同人の実徴収額(一頭につき五八〇〇円)との差額を算定の根拠にしているから、控訴人が係争年間においてと場料認可額を大動物一頭につき八〇〇〇円に値上げするという従前のと場料に比し大幅な値上げをして営業すべきであつたということになる。

次に、〈証拠〉によれば、控訴人は、右主張の目的のため長期間芝浦のと場料の値上げをせず、値上げする場合もその値上額をできるだけ小幅のものとして来たこと、これについては、芝浦は昭和四一年から都食肉市場の付属機関として運営されているが、同市場で競り売りにより形成される食肉の卸売価格は建値市場として全国的な影響が考えられるところ、生産者はと場料の僅かな値上げについても敏感であるから、芝浦のと場料が大幅に増額されれば、経費増により、生産者の生産意欲が減退し、或いは他のと畜場に対する出荷を招いて、芝浦への集荷量が減少し、都食肉市場の卸売価格、ひいては都民に対する小売価格の高騰をもたらす可能性があることが配慮され、赤字経営防止より物価抑制政策を優先させてのものといえること、昭和四二年、控訴人の事務担当局(中央卸売市場管理部企画課)において、と場料を大動物一頭につき五〇〇円を一二六〇円に、小動物一頭につき一八〇円を四三〇円に増額すべく都議会に東京都芝浦屠場条例の改正案を提案したが、改正の幅が、大宮、横浜、名古屋、大阪等他市場に比して高率であり、そのため都食肉市場への入荷を阻害し、市場価格を一段とつり上げる結果にもなり、都民の食生活に与える影響は極めて大きい等の委員会での論議のもとに、否決されたことがあること、控訴人は、財政の健全化をはかるため芝浦につき昭和五一年一月一日以降のと場料を一挙に従来の三倍強に値上げしたが、これは、物価抑制政策のもとに一八年間と場料が据置かれていたという特段の事情があつたためであり、その際、諮問を受けた審議会より、斯かる大幅な値上げは適当でなく、今後三年毎に料金の改正を見直すべきであるとの意見が付され、よつて、昭和五四年、五七年に前記のとおり値上げされたこと、昭和五七年度のと場料の値上げ改定の際には一・五三倍に値上げの原案が最終的には一・四倍に縮少されたが、これでも市場関係業者の了解を得ることができなかつたこと、ちなみに、全国一〇個所の中央卸売市場に併設されていると畜場の昭和五八年二月当時の牛一頭のと場料は、仙台四五〇〇円、大宮三九〇〇円、福岡三六〇〇円、東京(芝浦)三四八〇円、神戸三三〇〇円、横浜二九五〇円、京都二六七五円、名古屋二二五〇円、大阪二〇〇〇円、広島一九〇〇円であること、以上の各事実が認められる。

もつとも、原判決二九丁表四行目から同八行目までに掲記された証拠によれば、同八行目の「食肉の」から同裏八行目の「相関関係がないこと」及び同三一丁表九行目の「昭和三〇年以降」から同末行の「連動していないこと」までの事実が認められる(ここにこれを引用する。)が、右芝浦のと場料の増額とと畜頭数の増減との間に相関関係が生じなかつたこと及び小売価格の上昇に連動しなかつたことは、前掲証人赤羽、瀬田、阿久津の各証言によれば、その増額の幅がこれらに影響を与えない範囲にとどめるよう配慮されたことによるものと推認できる。

(三) 以上の事実、すなわち、控訴人の廉売行為の意図・目的、事情、取引相手(生産者)の実質的負担の程度、競争業者との較差、と畜市場の状況等を総合的に考慮すると、控訴人の係争年間における廉売行為がその競争区域において公正競争阻害性を有するものと認めるべきかは多分に疑問の存するところであつて、これについて前記の「不当に」或いは「正当な理由がないのに」とはいえるものではないと認めるのが相当であるから、被控訴人主張の独占禁止法違反の事実は認められない。他に右主張を認めるに足る証拠はない。

五また、前記認定の事実関係によれば、被控訴人が係争年間五八〇〇円のと場料しか徴収し得なかつたとしても、それは独り芝浦のと場料が低額であつたことによるものではなく、他の競争業者であると畜場のと場料(例えば、近接地域の大規模と畜場についていえば、別表二の番号16筑西四三一〇円、同36大宮三二〇〇円ないし三九〇〇円、同38川口五〇〇〇円、同53立川六八〇〇円、同54横浜二三五〇円ないし二九五〇円等。これらが原価割れの料金であることを認めるに足る証拠はない。)との関係からして、そうせざるを得なかつたのでないかと十分疑われるのであつて、結局、因果関係の立証もつかないと認めざるを得ない。

六以上によれば、被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却すべきところ、これと結論を異にする原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから原判決を取り消した上、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中永司 裁判官笹村將文、裁判官宍戸清七は退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官田中永司)

別表一と畜頭数比較表

年度

(昭和)

三河島(甲37)

芝浦(甲12の2)

大動物

合計

大動物

合計

30

14,181

57,227

96,157

617,211

31

19,165

82,000

103,302

727,700

32

12,176

70,109

87,342

738,054

33

15,468

83,205

94,623

808,257

34

18,564

88,695

106,477

864,675

35

11,468

49,626

98,646

612,701

36

10,921

48,844

97,234

796,558

37

11,954

63,017

96,490

975,253

38

14,560

63,324

103,504

747,226

39

16,381

71,959

101,613

735,552

40

13,637

63,434

90,014

671,340

41

8,864

64,646

57,354

629,121

42

6,328

61,424

40,377

512,328

43

5,714

50,898

49,110

536,909

44

8,452

46,457

66,555

556,524

45

9,556

48,981

74,257

694,656

46

9,300

46,032

76,657

741,671

47

9,815

41,328

76,877

726,578

48

7,340

39,495

74,196

832,533

49

8,313

37,599

72,333

654,263

50

7,041

30,503

67,513

496,356

51

4,941

23,770

63,424

497,869

52

5,053

21,895

69,743

540,804

53

5,762

24,022

70,305

547,853

54

5,676

22,428

71,751

576,610

55

5,165

17,940

72,045

598,253

56

4,330

15,042

73,201

594,206

(備考)合計とは大動物と小動物との合計で、大動物1頭を小動物3頭に換算した。

別表二

都県名

と畜場名

公営

私営の別

認可額(円)

認可年月日

(昭和)

と畜場使用料

と殺解体料

岩手

宮古・下閉伊食肉処理

組合営と畜場

公(一部)

牛馬 3000

使用料に含む

50.4.26

北上市食肉処理場

〃 500

牛馬 4000

:52.3.28

:56.4.14

二戸市と畜場

〃 700

〃 4000

:59.2.13

:58.9.12

岩手畜産流通センター

食肉処理場

〃 6000

使用料に含む

56.4.9

宮城

仙台市ミートプラント

〃 1500

牛馬 3000

57.9.24

秋田

秋田県食肉流通センター

〃 4200

使用料に含む

58.3.30

山形

村山市と畜場

〃 820

牛馬 1200

:50.1.11

:50.11.18

新庄市と畜場

〃 1000

〃 3800

:55.7.7

:59.8.20

米沢市営と畜場

〃 1500

〃 3750

:56.8.1

:55.10.1

鶴岡市庄内食肉流通センター

〃 1300

〃 2550

:56.8.1

:55.10.31

山形県総合食肉流通センター

〃 5250

使用料に含む

59.4.20

福島

福島市食肉センター

〃 1200

牛 1700

馬 1600

:56.4.17

:51.11.25

会津若松食肉センター

〃 1700

牛馬 2500

59.6.25

(株)福島県食肉流通センター

〃 1200

牛 2700

馬 3200

59.3.16

平農協畜産センター

〃 1500

牛馬 2000

59.5.21

茨城

筑西食肉衛生組合食肉センター

〃 2510

〃 1800

58.11.1

水海道市食肉センター

〃 3000

〃 1500

57.3.2

境町立食肉処理場

〃 2100

〃 1200

59.2.25

協同組合水戸ミートセンター

〃 5000

〃 3000

59.7.26

竜ケ崎食肉センター

〃 3000

〃 1500

55.4.5

福田屋と畜場

〃 2800

〃 1600

56.3.30

茨城協同食肉(株)下妻事業所

〃 3110

55.9.16

(株)茨城県中央食肉公社

牛馬 3000

〃2000

56.8.17

栃木

宇都宮市と畜場

〃 2100

〃 4000

:53.6.15

:54.4.18

芳賀地区広域行政

事務組合食肉センター

〃 2250

58.3.26

小山食肉センター

〃 2200

57.3.25

両毛食肉処理場

〃 2960

牛馬 1950

58.3.25

那須地区食肉センター

〃 2500

〃 1500

:57.3.11

:57.6.17

(株)栃木枝肉センター

〃 2400

〃 1800

:59.3.13

:54.6.2

群馬

高崎市食肉処理場

〃 2100

牛 860

馬 1500

57.3.26

桐生市食肉センター

〃 1500

牛馬 2000

:55.9.29

:60.1.14

都県名

と畜場名

公営

私営の別

認可額(円)

認可年月日

(昭和)

と畜場使用料

と殺解体料

群馬

前橋市食肉処理場

牛馬 1400

牛馬 2000

57.2.27

(株)群馬県食肉卸売市場

〃 1500

〃 1500

55.3.14

伊勢崎ミートセンター

〃 5000

〃 2000

58.4.1

高崎食肉センター

〃 6600

〃 2500

56.5.13

埼玉

大宮市と畜場

〃 2000

〃 2300

:49.12.9

:59.4.12

埼玉県北部食肉センター

〃 2600

〃 1100

56.10.19

川口食肉荷受(株)

〃 5000

使用料に含む

53.11.24

和光畜産(株)白子と畜場

〃 5500

56.3.20

埼玉県経済連

東松山食肉センター

〃 5000

56.6.1

寄居食肉センター

〃 3700

56.4.24

本庄食肉センター

〃 3500

56.7.9

越谷食肉センター

〃 4500

56.3.10

千葉

千葉県印旛と畜場

組合食肉センター

〃 4500

牛馬 2000

50.8.21

千葉県東部連合と畜場

組合と畜場

〃 2500

〃 2000

:50.1.6

:52.3.31

光町営東陽食肉センター

〃 5000

〃 2500

:59.4.1

:58.4.1

千葉畜産食肉(株)

千葉と畜場

〃 5000

〃 2500

56.7.1

千葉畜産工業(株)

と畜場

〃 5000

〃 2000

荒井畜産(株)

松戸と畜場

〃 3500

〃 1500

50.12.16

木更津食肉協同組合

木更津と畜場

〃 4500

〃 1500

:51.8.9

:51.6.18

南総食肉センター

〃 5000

〃 2500

56.3.26

東京

八王子食肉処理場

〃 5000

使用料に含む

50.5.29

立川食肉(株)

〃 6800

53.1.9

神奈川

横浜市中央と畜場

〃 450

牛馬 3300

:41.4.1

:59.8.1

川崎食肉センター

〃 3600

〃 1600

55.7.7

平塚市食肉センター

〃 2700

〃 1800

55.9.26

(財)厚木市食肉公社

〃 2250

〃 2250

56.10.1

相模原市食肉センター

〃 2000

〃 3600

55.7.7

小田原ミートセンター

〃 3000

〃 1500

55.10.7

公営(29)の平均認可額 牛4169円、馬4188円

民営(30) 〃 牛5265円、馬5282円

全部(59) 〃 牛4726円、馬4744円

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